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応援される
また、よく転けるようになってきた夏。
夏服も少しは着慣れてきたかもしれない、そんな高校生初めての夏。
「並木さん」
わたしは、同じクラスの並木さんに声をかけていた。
並木さんは少しだけ時間をおいてからこちらを見て、にこりと笑う。
「なみちゃん♡でいいよ♡」
いつも変わらず元気で明るい。笑った顔はお花が咲いているようだと思う彼女はそう言ってきて、わたしはこくりと頷いた。
「なみちゃん……にとっての応援って、どんな感じですか?」
「え?」
「ゆらちゃんはですね、並木さんがどんな特徴を持ってても、こう聞くと思うです。押忍」
あ、また並木さんって呼んでしまった。
呼び方を変えるのって、難しい。覚えるのも得意じゃない。けれど伝えたかったものは伝わったのか、「そうだなぁ」と彼女は考える。

「生まれつき左耳がちょっっっっとだけ聞こえにくいです」

そう言った彼女に、深く考えず大きな声で挨拶をしに行ったのが入学した日。くおん君に呆れられて、ユキさんの笑いを勝ち取った。その時に彼女自身から耳のことをしっかりと教えてもらって、わたしはそれからちょっとだけ右に寄って彼女に話しかけている。
わたしの知らない世界を知ってる彼女は、きっとわたしの知らない応援を知っているだろう。
けれどそうじゃなく、耳が聞こえないとかじゃなく、並川玻璃(ともだち)の世界がただ知りたかった。
「元気とか励みになってくれたらいいなって思ってるよ。でも、応援してる方が元気をもらえる感じもするよね」
なみちゃんはあたたかな声で言う。
「元気とかはげみ、なるほどです」
「うん。ゆらりんは?」
「ゆらちゃんにとっての応援は、う~ん……」
考える。考えて考えて、答える。
「大丈夫だよって、伝えるもの、なのかもです」
地区大会で応援したり、大会に自分も出たりして、思ったこと。
――大丈夫って、力になる。
なみちゃんはうんうんと頷いて、そしてまた笑ってみせた。
「そういえば、なみちゃんはバレー部のマネージャーですね」
「うん!」
「マネージャーと応援って、似てるけど、違うです。マネージャーは、家族ですから」
それもわたしは、違いだと思ってて。
わたしがマネージャーを選ばなかった理由、選べなかった理由が、そこにあって。
マネージャーは、色んなことを考える。
選手のために、より感覚や、コミュニケーションや、データを重視される。
「……応援は、マネージャーよりは家族じゃない気がするです。押忍」
家族になることを、より近くで応援して、『支える』ということを、わたしは放棄した。
難しくて。責任が重くて。大変そうで。怖くて。
いつものわくわくした気持ちで挑めそうには、なれなくて。
「……」
「家族になりたいわけじゃないですが、マネージャーという人は、頑張る人に近くて、すげーって思うです」
それは、絶対わたしの本心だった。
なみちゃんは静かにそれを聞いて、「そっか」と応える。
「受け売りだけど、マネージャーって選手の一番近くで一番の味方でいられるんだって。だから……そんな中からだけじゃなくて外からも応援してもらえるのも、すげーよね」
「外から、も」
「うん。だからアタシも、すげーマネージャーになれるように頑張りたいな。
 ゆらりんみたいに頑張って、もっと元気とか励みとか、大丈夫って気持ちを選手の皆に伝えられるようになりたい」
なみちゃんの笑顔を見て、わたしは、ああ、強いなぁと、そう思った。
なみちゃんは、強い。優しくて、明るくて、強い。色んなことに頭が回って、見ることもできて、きっとこういうのを賢いとも言うんだろう。既に彼女は、『すげーマネージャー』だと思う。
だからわたしは、わたしにできることで。
『すげー応援』を、届けられるように。
「バレー部の人達も、もちろんなみちゃんも、ゆらちゃんは応援するです」
そう言うと、彼女は「アタシも?」と目を丸くしてから「……えへへ。ありがとう。くすぐったいね、こういうの」とはにかんでみせた。
「押忍。ゆらちゃんはいっぱい人を応援して、いっぱい大丈夫って、元気をあげるです」
「ふふ。……じゃあアタシもさぁ、ゆらりんを応援したいな」
「え?」
応援したい。それは初めて言われたもので、思わず疑問が声に出た。
「例えばさ、応援部って羽織作ってたから、それにメッセージ書くのってアリ?」
「あ。それはアリです。押忍」
一度自分の席に戻り、脇に下げていた部活用の手提げバッグから羽織を取り出す。
もう既に何人かに書いてもらってるそれを見て、ふと気付いた。
――ここに書いてくれた人は、ゆらちゃんを応援してくれてるですね。
そう思うと、なるほど確かに、じわじわと嬉しさと共に元気が湧いてきて。
「なみちゃん!!でっかく書いてください!!」
わたしは勢いよく振り返り、そう大きな声を出した。

――県大会出場。

眠い目を擦りながら聞いたそれが最初は夢だと思って、はぐちゃんくんに何度も聞いた、その言葉。
学校の掲示板でもその文字を何度も見て、見る度に口元が緩んだ。
地区で優勝はできなかったけれど、県ではもしかしたら優勝できるかもしれない。
今度は、県で優勝するために。そして、全国に皆で行くために。
わたしは皆と進む。進んでいく。
「ゆらちゃん、頑張るです!」
「うん。ゆらりん頑張れ!」
羽織を受け取ったわたしの声に応じるように、なみちゃんは小さくこぶしを挙げてくれた。
きらめく
七夕に願いを書いて、その願いをかなえてくれるのは一体誰なんだろう。
クリスマスは、サンタさんがかなえてくれるのは知っている。けれど七夕って、織り姫様と彦星様が会える日であって、二人が願いをかなえてくれることも、かささぎさんがかなえてくれることもないんじゃないかと思うのだ。
だからいつも、願いは自分の意思表示になってる。
『身長がのびますように』
バスで外に出ると、結構な確率で子供料金か聞かれるわたし。遊園地でも風船をもらってしまう、成長期前のわたし。だからプラス10センチ、いや最大2メートルになれるくらいの身長になりたい。でっかくなって、いわゆる大人の女性に近づきたいのだ。
大人の女性はすごい。きれーで、背も高くて、余裕があって、優しい。ヒールの高い靴をコツコツと鳴らして、道をまっすぐに歩いていく。
そういう人になりたいから、まず一歩。身長をのばしたいということで。
短冊を飾って、暗くなった外に出る。七夕祭の終わりに、天文部がグラウンドで天体望遠鏡の貸し出しなどをしてくれてるのだ。
その賑わいを感じながら、しかしそちらとは違う並木道を歩いて行く。
ポッケに入った、一つのチケット。これがあるから、今日はとっても楽しみだった。
なんと、このチケットがあれば、今日だけ天文部の秘密基地である塔に入ってもいいらしい。
ユキさんによれば、プラネタリウムやでっかい天体望遠鏡があって、それはもうすげーのだそうだ。
ちょっとだけ暗い小道を歩いて行けばユキさんがぶんぶんと手を振っていて、わたしは駆け足で近づいた。
「こんばんは、ユキさん!」
「こんばんはーゆらちゃん!ささ、入って入って!」
今日はここの当番なんだと言っていたユキさんは、少し緊張した顔をしながらもいつも通りの調子で話しかけてくれた。
天体望遠鏡を操作して、「こうかな……見てみて!」と声をかけてくれる。望遠鏡をのぞくと、そこには視界いっぱいに広がる光の粒があった。
「きれーです。押忍」
きれー。そんな言葉で表して、いや、もっとすごいというのを伝えたくて、顔を上げる。
「天文部、すげーです。こんなにすてきなものを、みんなで楽しめるようにしてるです」
これより小さな、配っている天体望遠鏡でも、きっとこれを楽しめているのだろう。
そう言うとユキさんは「ほんとぉ?嬉しい」とはにかんだ。
「ユキね、初めてこれ覗いた時すごく感動したから、みんなにも見て欲しかったの。楽しんでもらえるなら願ったり叶ったりってやつ」
「感動……」
そうか。これは感動したっていうのか。頷いて、そしてまたのぞいてみた。
ぴかぴかした白い大きな光が、並んで二つ。それが目に入ってきて、ふと訊ねる。
「あ、あの星、あの星はどんな星です?」
「ん!?んーーなんだろ!あれ、なんだろね、ユキが覚えてきた星の中には無い!」
「おや」
「あはは!ごめんねぇ、一緒に名前付けちゃう?ゆらかの座とか?」
いいですね。ゆらちゃんの名前もユキさんの名前もあるです。そういいながら、また左へ、右へ。こんなに動かしても望遠鏡に入りきらない星が、沢山あって。
「空ってこんなに広いですね」
「ねぇ、広いよねぇ。でもさ、広い空を見てると自分の悩みなんてちっぽけだ!って言うじゃん?あれは違うよねぇ」
「あ、わかるです。空が広くてもせまくても、ゆらちゃんはゆらちゃんです」
「ね!ユキもユキだもん。悩みのでかさなんて、変わんないよね」
笑い合ってから、また星を見て。北斗七星とか、天の川とか、夏の大三角形とか、沢山の星を教えてもらった。
ユキさんが時折悩んだりしながらも楽しそうに教えてくれるのを見て、わたしはふと、口を開く。
「ユキさんは、夢とかあるですか?」
「ん?」
「ゆらちゃんは、今は応援部みんなで勝つのが夢です。それより先は、まだ決めてないです」
ユキさんがキラキラしてるものを、今日初めて間近で知った。
だから気になったのだ。ユキさんが一番、キラキラするものを。
「ユキさんの夢、もしあるなら、応援するです。押忍」
そう言うと、ユキさんは「ユキの夢かぁ~」と頬をかいて、そしてちょっとだけ小声になって答えてくれた。
「ユキはねぇ、いつか旅に出たいな。あっちこっちに行って沢山の人に出会って、それでお友達になるの」
沢山の人と、沢山の場所で、友達になる。
それは、とっても彼女らしくて。とってもとっても、素敵なすげー夢で。
「とっても、いい夢だと思うです。ゆらちゃん、感動したです」
覚えたての言葉をそう使うと、彼女は目を丸くしたあと笑った。
「ゆらちゃんの夢も、素敵!ユキも応援してるからね。応援部が勝ったら、ユキには夢が叶ったって教えに来てね」
「はい、もちろんです!」
指切りして、「そろそろ時間だね」と時計を見たユキさんは出口まで案内してくれた。
「ここからの道、もうすっごく、すっごく暗いから気をつけてね。懐中電灯いる?」
「スマホのライト使うので、大丈夫です!今日はほんと、ありがとでした!」
「こちらこそ!また一緒に、星見ようね」
大きく頭を下げてから手を振って、スマホのライトを光らせる。夜道はなおのことこけないようにと慎重にゆっくりと、歩いていく。
ふと見上げた空は暗くて、星がピカピカ光っていてきれーで。
「……身長より、応援部で勝ちたいにするべきだったかもです」
今更の反省に、ひとりで眉を下げて笑った。
お守り
ちょっとだけ遡って、地区の高体連が始まる前。
「お守り作りたいの?」
「押忍!!」
被服手芸部で、わたしはなごみせんぱいに頭を下げていた。
なごみせんぱいは、入部したその時からわたしの相談にのってくれる、やさしい部長だ。
縫い方の基本のキさえ知らないわたしに一から色んなことを教えてくれて、どんなものを作りたいか、どんなことが必要かを一緒に考えてくれる。
「ゆらちゃんは、応援部みんなのことも応援したいです。ゆらちゃんでも作れるお守りって、ありますか?」
そう訊ねると、なごみせんぱいはうーんと考えて、「たとえばさ」とルーズリーフにペンを走らせる。
さらさらと書かれたのは、多分生地の名前と、お守りの五角形の形。
「簡単なものでもいいなら、フェルトを使うのはどうかな。ゆらちゃん、フェルトは分かる?」
「はい!ぶあついけど縫いやすいって、教えてもらったです」
言われると、小学校の時に使ったことがある気がする。でも当時のわたしも今のわたしもその日を生きるのが楽しくて、物覚えの悪さもあいまってすっかりと忘れてしまっていた。
「そうそう。それなら作りやすいんじゃないかな。最近だと、アイロンでくっつけられるフェルトもあるみたいだし」
そう言われて、実際のフェルトをいくつか棚から出してもらう。蛍光色から淡い色まで、黒から金ぴかまで沢山あって、わたしは考える。
――応援部の色って、なんだろうか。
そもそも応援の色って、なんだろうか。
応援に色があるなんて考えたことなくて、でも応援部なのだから、応援部の応援の色というのにしてみたくて。
沢山悩んで、ふと思いついた。
(……わたしの、応援の色)
わたしが応援されてて、感じた色。
――それは鮮烈な黄色。ぴかぴか光る、星を塗る色。
「これがいいです!」
蛍光色の黄色を取って、そして更にアイロンで付けられる黒色も選んだ。
糸は、最初は見やすい方がいいと言われたので白色と黒色で。頑丈にするために、二本取りで。
なごみせんぱいとデザインを決めて、やり方を教えてもらって、道具を並べて。
「よし。やるですよ!」
ふんふんと息巻いて針を手にしたわたしは、すっかり忘れてしまっていたのだ。
わたしが、昔からとっっっっっても、不器用なことを。

「痛っ」

「おわっ」

「ぷぎゃっ」

「やられたーっ」

何度も、何度も何度も何度も。
針を指に刺し、そのたびに呻いて、絆創膏を沢山貼るはめになってしまった。
応援部では手袋をするから指をあまり気にしなくていいのが、ここで効いてくるとは。
まず玉結びが上手くいくのが、十回に一回くらい。その後の並縫いは何度も失敗して、その度に血が付かないようにそうっとそうっとゆっくりやることを心がけた。
『応えん』と黒いフェルトを切り抜く作業も一苦労だ。わたしはきれいな字を書けないので、フォントを印刷してそれを元に切り取るという方法にした。援の字は早々に切れないと諦めたが、漢字を貼りたい気持ちは消えなかったので応だけは、と何度も何度も切り抜いた。ちょっとしたことでよく字がちゃんと読めなくなった。難しいと思った。
それと、名前を縫うことも大変な作業だった。最初はみんなの名前を平仮名で縫おうとしたが上手くいかず、なごみせんぱいにイニシャルで縫う方法もあると教わってアルファベットをひたすら練習した。
『応えん』を作って、貼り付けて、名前を縫って、フェルトを縫って、ひもを付ける。
途中で何度も失敗して、生地が足りなくなってお店に走って、また練習してから本番をチャレンジして。
それを一個完成させたのは、地区大会が終わってから。
そう、地区には、到底間に合わなかったのだ。
汗でじめっとした手袋の中で、絆創膏の中の傷達がちくりと痛んだ。
でも、わたし達は県に行く。
まだ、まだまだ間に合う。
だから私は、被服手芸部の部活の日や寮で過ごす時間を使って必死に残りに手を付けた。
応援部を、応援するために。
応援部に、大丈夫を伝えるために。
急いだけれど、怪我をしないために、丁寧に完成させたくて、縫ったりする作業はゆっくりにして。
やっとできたのが、県大会の一週間前。時間のことを忘れて作業してたらいつの間にか朝になっていて、その日は丁度一日応援部で部活がある日だった。
並べたお守りは普通の神社で見たりするお守りに比べたらおそまつなものかもしれないけれど、思いは十二分にこめられたはず。
わたしはそれをリュックにつめて、応援部の部室に走って向かう。
両の指には、沢山絆創膏がついた。
寝不足の目は、お日様の光でしぱしぱしている。
外の気温は暑くて、頭だって少しぼやぼやしてきた。
応援部の練習をしながら、他のところも応援しながら、わたしはこれをやり遂げられた。
だから、あとはわたし達が勝つだけだ。
わたし達が勝って、全国に行くだけ。
口元を緩ませてバンと勢いよくドアを開けると、部員のみんなが少し驚いた顔でわたしを見る。
「あの、あのですね」
わたしはリュックをテーブルに置いて、そして中から黄色のお守りを取り出した。
「ゆらちゃん、応援部にお守りを作ったです。みんなのぶん、あるです」

「それで、えっと、あと……」

「県大会、絶対勝つです。勝ちたいです。勝ちましょう」

あと、ちょっと寝て良いですか。そういうと、みんなクスッとして笑ってくれた。

県大会が、始まる。
沢山の「頑張れ」と、沢山の「頑張る」と、「大丈夫」を添えた、夏が来る。

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