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テーマ
「好きなもの作って良いよ」
そう言われて配られた、参加要項。
被服手芸は小物とか、服とか、ほんとに色んな参加種目があるようだった。
季節は、ちょっとだけ秋。じんわり暑いけど、風は涼しくなってきて、ほんのり金木犀の香りがただよう。
夏の初めての大会が、もう随分前のような気がしている。お守りを作ったのも、照明の輝く舞台に立ったことも。
さて。今回は、何に挑もうか。そう考えて、うんうん唸って。
それぞれのテーマの中で、思いつくものはないかと探して。
紙を指でなぞり、机にほほを当てた。
『服:テーマ 大人』
「おとな、ですか……」
指が止まる。
大人になりたい。
かっこよくて、すごい大人になりたい。
ずっと思ってることで、なんとなく、そのテーマはできそうで。
けれど、大きな問題が一つ。わたしはまだ、服を作ったことがない。
フェルトのお守りと、ミニクッション。それくらいだ。
どうすればいいだろ。うーん。頬をふくらまして、へこませて。
「どうしたの?」
そう声をかけてくれたのは、部長のなごみせんぱいだった。
わたしは顔を机から上げて言う。
「この部門に参加したいです。でも、服は難しいです」
「どれどれ……ああ、これね。ゆらちゃんでもできるようにするなら……」
せんぱいはちょっとだけ考えて、「リメイクするのはどう?」と言ってきた。
「りめいく、です?」
「そう。元々ある既存の服を継ぎ合わせて、別の服を作るの。それなら手縫いでも時間がそんなにかからなくて済むかもよ」
「なるほど……それなら、できそうです!押忍!」
ありがとですと頭を下げ、ノートを広げる。
この参加種目は、自分か他の誰かに着てもらって、審査してもらう。
だから自分が思う大人を思い切り出せる、ということだ。
「高いヒールの靴と、髪はかっこよく外巻きにするです。だから服は、えーと……」
上は、襟シャツの裾を結ぶやつにして。
ズボンは、下に広がっているやつで。
今の私は、大人じゃない。
そんなのは当たり前で、でも、「大人っぽい人達もいる」のも、事実で。
わたしも大人っぽく、なりたかった。
どうしてそう思うかというと、そんなに深い理由っていうのはなく。
ただ中学までいた地域にきれいなお姉さんが住んでいて、その人の全てに憧れて。
それだけ。それだけの、よくあるのかも分からない話。
お姉さんが大学生だったのか、もう社会に飛び込んでいる人なのかも分からない。いつも通学中に会うから、挨拶をよくしていた。わたしの大きな声に、彼女はいつもびっくりした後笑ってくれた。
その笑顔がかっこよくて、歩く姿がかっこよくて、ああなりたいって、思って。
それが今叶うなら、願ったり叶ったりだ。
「シャツを、二種類くらい使って縫う……半分ずつにすることなら、できるですかね……」
なんとなく形を決めてから、柄を練る。
手縫いする箇所を少なくしてしまうと『被服手芸』っぽくならないから、早く元の服を決めて縫い始める方がいい。
「よし!……ゆらちゃん、古着屋さんに行ってくるです!」
椅子から立ち上がって、大声を出す。
せんぱい達はそれに笑って、行ってらっしゃいと送り出してくれた。
「えーと、これと、これ、それからこれに……」
部長から教えてもらった一人あたりの予算と自分で書いた想像図とにらめっこしながら、服を選ぶ。
商店街にこんな素敵なお店があったとは。内装も綺麗だし、品揃えも良く、何より価格が優しい。
縫いやすいかどうかも気をつけて選び、お会計。
糸と針は部室にふんだんにあるから大丈夫って、せんぱい達も言っていた。
だからあとは、これを持って一度部室に戻るだけ。
――ぽつり。
「え」
ぽつ、ぽつと。それは頭に、頬に、手の甲に落ちてきた。
――雨だ。
「や、やばいです!押忍!」
紙袋を抱えて、走り出す。
転けるかもとか、コンビニに避難とか、そんなこと考えてはいられない。
買った服を乾かすのに時間をかけてたら、縫う時間が短くなってしまう。
縫いやすそうと選んだ素材の中には、乾きにくいものだってある。
急げ、急げ、急げ!
幸い信号はわたしの味方をしてくれて、足ももつれることなく部室棟までたどり着けた。
「はあ、はあ、はーーー…………」
髪の毛はぐっしょりと濡れた。一旦紙袋を置いて髪ゴムを外し、ぶるぶると犬のように顔を振る。
紙袋の中をおそるおそる見ると、少しだけ濡れているものの明日には乾きそうだった。
良かった。これで明日から縫うことができる。
「へっぷし!」
廊下に響く、大きなくしゃみ一つ。
「風邪を引くのは、だめですね。部室にこれを置いたら、寮に帰るです」
同室の子はきっと、心配するだろうから。
靴を脱いでスリッパに履き替え、部室に向かう。
同室の子よりも先に、部室に残っていたせんぱい達が心配してタオルをくれるのは、数分後。
お風呂に入ってさっぱりした体に、冷蔵庫で冷やしていたフルーツ牛乳をぐいっと飲む。
これがやっぱりいいですねと談話室でのんびりくつろいでいると、テレビで丁度服飾の大会の様子が流されていた。
外国の、プロ職人じゃない人達が色んな課題に挑戦していて。
それがなんだか、凄く楽しそうで。
「制限時間、こんなに少ないのに。……すごい、です」
今のわたしなら、きっとできないようなこと。
でもそれは、この人達がいっぱい縫ってきてるからこそできてるだけの違い。
「来年までには、ミシンを使ってみせるです。この人達みたいに、服を型紙から作るです」
その映像は、丁度リメイクが終わる頃までやって終わった。
出場者のリメイクは、私が考えているものより、今のわたしができるものより、とってもとってもすごかった。
名前
最近、縫い物をする時、心を静かにできるようになった。
いつものわたしはわくわくしてて、小テストというものを聞く度に「くおんくん!!!!!」と同級生を大声で呼ぶくらい心がさわがしかった。
それを、クッションとかを作っているうちに、その間だけではあるがしずめられるようになったのだ。
これがいわゆる、集中というものなのかもしれない。
くおんくんはいつだって静かだから、きっとこういう集中も得意なんだろうなと思う。
縫い方についておすすめの本を教えてもらってからすぐ、わたしは図書館に足を運んでいた。
カテゴリーごとに整頓されているから見つけるのは簡単で、一冊二冊手に取って少し中を見ていると、視界に見覚えのある黒髪が入り込む。
「あ」
くおんくんだ。
「くおんく」
いつものように大きな声を出そうとして、カウンターの方にいた委員長のせんぱいから、「シー」と注意を受けてしまった。わたしは頭を下げ、読書席にいるくおんくんに近づいてから小声で声をかける。
「くおんくん、くおんくん」
「……ゆら?」
「はい」
少しぼんやりとしてたようなので、おなやみです?と聞くと彼は少し考えて、「ゆらは、」と口を開いた。
「咲く、って、どういう意味だと思う?」
花が咲く、とかの咲くなんだけど。彼の指先が「咲」をえがき、わたしはふむと考える。
「ゆらちゃんは、なりたいものになるのが、咲く、だと思うです」
お花が咲いた時、わたしは単純に、「きれい」と思う。
虫さん達もそう思って、お花に来てくれて、そうして次につながっていく。
お花が望んだ未来に、お花自身が進んでいくのだ。
「素敵なことで、なりたいもので、輝いて見えるひとときなんだと、ゆらちゃんは思うです」
答えになっただろうか。そう思いながら彼の顔を覗くと、彼は「いまいち理解はできないけど」と前置きをしてから続ける。
「ゆらの名前にも、咲くの文字が入ってるよね。百合咲」
「はい」
「細い茎に大きな花が付いて、風に揺れる姿を見て揺る、それが変化してゆりになった。
……って、植物の事話しても意味はないか……」
とんとん。指先が机を叩いて、視線は窓の外を、遠くを向いている。
自分の名字のことなんて、考えていなかった。
ただ百合咲。それだけだと思っていたけれど、彼はそこに知識の芽を付けて、意味があるのだと教えてくれた。
「ゆらちゃんの名字、そういう意味もあるですね。
風に揺れる百合が綺麗で、百合なら、咲くはとっても凄いですね。
名前も出来てしまうです」
咲いたことによって、それを見た人がいたことで、できた名前。
わたしの名前にもう一個ある、わたしの意味。
それを知れたのが嬉しくて、ついにやけてしまう。
くおんくんは少し目を丸くして、細めて、「そうだね」と呟くように返した。
わたしも、咲くことはできるのだろうか?
「大人っぽい」になることは、できるのだろうか?
名字にも意味があると分かったからこそ、わたしは少し、かなり、悩んでいた。
身長も小さい。頭もそんなに良いわけじゃない。「子供みたい」と言われ続けてきた。
それが、この服を作り上げることで、果たして解消されるのだろうか?
「む……集中できてない気がするです」
手元に集中しなければ、縫い目が綺麗じゃなくなってしまう。
ぺちぺちと頬を叩き、また服と服のつなぎ目にしっかりと視線を戻した。
「ええっと、ここは……一旦別の布で練習するですね……はぎれの布は……」
ぱたぱたとせんぱい達の間を行き来しながら、練習と本番を繰り返す。
部長に相談して毎日のノルマを決めているから、そのノルマくらいはこなしておきたい。
ちくちく、ちくちく、ちくちく。
縫い方を本を見ながらやっていけば、悩みの気持ちが段々薄くなっていく。
(裁縫、奥が深いです)
静かな部室。針の机に置かれる音と、ミシンの音が響くだけ。
誰がどんなものを作っているのは、わたしは詳しくは知らない。知っているのはわたしよりもずっと早く準備を重ねてきたせんぱいもいるし、わたしと同じタイミングから考えているせんぱいもいる、くらい。
応援部はいつもにぎやかで勉強会なんかもやっていて、昔からそういう場所に慣れていたが、集中ができるようになってからはこの部活の静かさにも落ち着けるようになってきた。決して互いに無関心なわけではなく、何か相談したら一緒に考えてくれる。そんな人達が集まった部活。
あともう少しやったらノルマが終わるけど、時間はあるから次の分もちょっとだけ進めよう。
縫い目は、最初の頃に比べたらとても綺麗だった。
明日になると、いよいよ地区大会。
縫ってる時に感じずにいられたドキドキで眠れなくなったわたしは、こっそり布団の中で自分の手を見た。
指に絆創膏はついておらず、いつも通りの自分の手だ。
集中をすると、怪我もしづらくなるというのは新たな発見だった。いつもどれだけドキドキしながら生活してるのかと思うと、ちょっとだけ笑えて落ち着けてくる。
明日の荷物は何度も中身を確認したから、大丈夫。
せんぱい達と一緒に行動するから、大丈夫。
大丈夫をいくつも数えて、心臓の音を小さく小さくしていく。くわぁとあくびが出れば、あとはまたまぶたを閉じるだけだ。
今日は、どんな夢を見れるだろうか。
明日は、どんな自分になれるだろうか。
笑われるかもしれない。呆れられるかもしれない。それは、ちょっと悔しいけど仕方ない。
大人にちょっとでも近づければ、大成功だ。
本番
大人に見えたお姉さんの話を、もうちょっとだけしようと思う。
お姉さんはいつもカジュアルというか、ラフというか、Tシャツにジーンズをよく着て歩いていた。
わたしが着ても、きっとああいう格好良さには繋がらないだろう、と思えるくらいに、それはお姉さんによく似合っていて、大人だった。
何がわたしと違ったんだろうと考えて、一番に出たのは身長。それからロングの髪がウェーブがかっていて、歩く姿勢もピンとしていた。
リップも違っていた。あの人は真っ赤な唇で、それが一層大人っぽく見えていたと思う。
だから、私も同じようにすることにした。
ウェーブは難しいから、外ハネに。真っ赤なリップと、ヒールが厚めの靴。
ハイネックのノースリーブに、襟付きのシャツの裾を前で結んで。ズボンは膝から下が広がるようなもので
、広げた分は柄の布をつけた。
こうすれば、わたしの考えた大人の完成だ。
この部門はランウェイのような場所があって、大きく深呼吸をしたあと合図に従って歩き出す。
ああ、照明が眩しくて暑い。照明の暑さはどうやら、よくあることのようだ。
真ん前まで出て、少し立ち止まる。くすくすとした笑い声は、想定してたからか大して気にはならなかった。
だって、せんぱい達の方がすごかったですから。
わたしは今できるわたしの「大人」を見せた。正解かは全然分からないけど、そういうのをあとから講評してもらえるとせんぱいが教えてくれたので、より安心してわたしは臨めた。
歩いて楽屋まで戻れば、コンコンとドアを叩く音。
「はーい!……あ、くおんくん!」
どうやら、見に来てくれたようだ。くおんくんはせんぱい達に小さく頭を下げてから、「外で」と廊下を指さした。
うなずいて、わたしも廊下に出る。
「きてくれたですね。どうだったですか?」
「うん。……それ、なに目指してるの?」
それ、というのは、わたしが今している格好のことのようだ。
「大人です!」と返せば、彼は少し苦々しそうな顔をしながら「大人に見えない」と口にする。
「何か、子供が背伸びしてる感が凄い」
「背伸びしてる感、ですか……」
少しショックだった。だってこれが、わたしの大人だったから。
でも、講評でもそう書かれてるかもしれない。だったら今ショックを受けれただけマシかも。そう思い直して、ふむと頷く。
「ゆらは可愛い部類だから、それに合わせた大人っぽさを試してみたら?」
彼は言う。アドバイスしてくれたのだろう。
「かわいいぶるい……」
しかし、漢字が分からない。
「後で調べるです。押忍」
そう言えば、「うん、頑張って」と彼は目を細めた。
「……ゆらならできるよ」
「押忍!ありがとです、くおんくん!」
くおんくんが踵を返したので、わたしは手を振って彼を見送った。
「かわいいぶるい」で検索をかけたら、知恵袋のサイトで「可愛い部類ってどのレベルですか?」というのが一番に出てきた。
要するに、可愛さ寄り?というものなのかもしれない。
でもかっこいいも捨てがたい。だってかっこいいお姉さんが、憧れだからだ。
「可愛くてかっこいいって、あるですかね……」
メイクを落としながら、ぽつりと呟く。
そんなに雑誌とかアイドルとか見てないから分からない。
もっと勉強しなきゃな。そう考えて、またぺちぺちと頬を叩いた。
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